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東京高等裁判所 昭和40年(ラ)634号 決定

抗告人(申請人)

山一土地株式会社

代理人

斎藤隆

相手方

安室長吉

主文

原決定を取消す。

本件を横浜地方裁判所に差戻す。

理由

抗告代理人は、主文第一、二項と同旨の裁判を求め、その理由として別紙抗告の理由書記載のとおり主張した。

按ずるに、本件抗告は、抗告人から相手方安室長吉に対する不動産仮処分命令の申請を却下した決定に対する不服の申立であるところ、本件記録によれば、抗告人は昭和四〇年一〇月二四日に右決定の送達を受けており、本件抗告状は同年一一月八日原審に提出受理されたものであることが認められるところ、右不服申立の方法が即時抗告によるべきであるとの見解も存するから、これに従うべきものとすれば、本件抗告は即時抗告申立期間経過後の申立として不適法というべきこととなる。しかしながら、民事訴訟法には不服申立の方法として即時抗告によるべき場合は、原則として、明文をもつてその旨が規定されているにかかわらず、仮処分申請を却下した決定に対する不服申立の方法についてはなんらこのような特別の規定を設けられていない。そもそも右決定は仮処分要件の存否を審査し仮処分命令を成立させる訴訟手続においてなされる裁判であつて、同法第五五八条の「強制執行ノ手続ニ於テ……為ス……裁判」にも該らないことはその文言上明らかである。また仮処分申請を認容した決定に対しては、その執行が継続している限りにおいてではあるが、債務者はいつでも異議の申立ができるのであるから、これと対比しても、仮処分申請を却下した決定に対する不服申立を即時抗告と解し、債権者の権利保全の利益を奪うようなことは権衡を失する。されば、従来の裁判上の実務においても、また学説においても、仮処分申請を却下した決定に対する不服申立方法は通常の抗告であるとされてきたのであるが、これを即時抗告と解すべきであるとする説もあるので、右見解の論拠と思われる諸点についてさらに検討する。まず、即時抗告と解して右決定をその送達の日から七日という短時日に確定させなければならない必要が存するかというに、右のような仮処分申請を却下した決定は、債務者に対してはなんらの不利益を与えず、債務者にはその送達もされないのであるから、債務者に対する関係では、なにも右のように考えなければならない必要は考えられない。また、仮処分申請について、当初からまたは異議によつて、口頭弁論を開いて判決した場合には、債務者も防禦方法を提出しているし、その形式も判決であるから、これに対する不服申立方法に差異が生ずることもやむを得ないところである。さらにまた、仮処分申請を却下した決定に対しての不服申立方法を即時抗告と解し、債権者にとつて、七日の不服申立期間を徒過して確定させるとすると、再訴禁止の範囲をどう解するかということに重大な関係を有するが、本案訴訟の進展いかんに関係なく、再び仮処分申請をなすことができなくなるおそれも生ずる。上記諸事由と、仮処分手続は本来本案訴訟に附随する手続であるから本案訴訟に随伴して処理せらるべきであることをも合せ考えると、仮処分申請を却下した決定に対する不服申立方法は、通常の抗告によるべきものと解する。従つて本件抗告は通常の抗告として適法と解するから、以下これについて判断する。

抗告人提出の疎明によれば、次の事実が一応疎明される。すなわち、抗告人は不動産売買等を目的とする会社であるが、昭和四〇年一月中旬頃から横浜市戸塚区岡津町金堀谷及び後谷地区内の相手方所有名義の別紙目録記載の各土地を含む一帯約六万坪の土地の買収にとりかかり、約三五名の各土地所有者との間に売買の交渉を重ねてきた。昭和四〇年五月三一日右各土地所有者の代表者及び相手方を含む土地所有者の殆んど全員と抗告人会社の代表者とが一堂に会し、土地の買収条件について最終的な協議を行つた結果、(1)買収価格は農地、山林を通じ平均して一坪当り金七、八〇〇円とする、(2)右価格の農地と山林とに対する割り振りは土地所有者の間で協議決定したうえ、これを抗告人に通知することとし、その決定次第なるべく速やかに各売買契約書を作成交換する、(3)抗告人は道路補償費として金三〇〇万円、小作権抛棄に要する費用の補償として金六〇万円を、それぞれ負担する、等を議決し、さらに、右代金の支払方法についても大体の取決めがなされ、最終弁済期日を契約成立後八ケ月以内とすることの申合せが成立した。上記の諸事実によれば、買主たるべき抗告人と売主たるべき右各土地所有者らとの間においては、売買の目的たる土地の範囲と代金の総額とは決定されており、右代金額については農地と山林との間の割り振りが土地所有者間の協議に委ねられているにすぎない、しかも抗告人は無条件で右協議の結果に従うというのであるから、抗告人と相手方との間においても、相手方所有の別紙目録記載の各土地について右協議によつて定まる代金額で売買するとの意思の合致があり、売買契約の要素に属する事項の大綱も右趣旨において具体的に決定されているものと認めるを相当とする。従つて、抗告人は相手方に対し右約旨に従つた契約の履行を請求し得る権利を有するものと一応認めるに足りるものといわなければならない。

そして、抗告人提出の疎明によれば、相手方は別紙目録記載の各土地について、第三者との間に売買の交渉を進めていることが疎明され、相手方が右土地を他に売却するにおいては、抗告人が上記契約に基づき、相手方との本案訴訟に勝訴の判決を得ても、その執行が不能に帰するおそれがあることは明らかであるから、抗告人は相手方に対し執行の保全のために、あらかじめ右各土地の処分禁止を求めておく必要があることも一応認められる。

しかるに、右と認定を異にし抗告人の申請を却下した原決定は不当であるからこれを取消し、本件はなお保証を供せしめるかどうか及びその額等の点と併せ原審において審理するのが相当と認められるし、異議申立の場合の審理手続のことも考慮すると、本件を原審に差戻すのを相当と認めるから、主文のとおり決定する。(村松俊夫 江尻美雄一 吉野衛)

(別紙)抗告の理由≪省略≫

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